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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)4343号 決定

当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の頭書仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  申請人らがいずれも被申請人の従業員としての地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は、申請人らに対し昭和五八年一〇月以降本案判決言渡に至るまで毎月二五日限り別紙賃金目録(略)記載の各金員を仮に支払え。

三  申請人らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は、被申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人ら

1  主文第一項と同旨

2  被申請人は、申請人らに対し昭和五八年一〇月一二日以降毎月二五日限りそれぞれ別紙目録記載の金員を支払え。

二  被申請人

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は、申請人らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  被申請人は、主としてスポーツ、芸能などの大衆娯楽記事を中心とした日刊新聞紙「大阪日日新聞」を発行する会社であり、申請人らは、いずれも被申請人の従業員であって、被申請人から毎月二五日、給料として少なくとも別紙賃金目録記載の各金員の支払を受けていた。

2  申請人田川及び同大倉を除く申請人ら(以下「申請人常光ら三五名」という。)は、被申請人の従業員で組織する大阪日日新聞労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。被申請人は、申請人が被申請人の命じた配置転換等の辞令及び社員章の受領を拒否したことが、不法に申請人の業務を妨害したとして、申請人田川、同大倉に対しては昭和五八年一〇月一五日付、申請人常光ら三五名に対しては同月一七日付の書面でいずれも同月一一日に遡って解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

3  被申請人の就業規則五九条二号には懲戒解雇事由の一つとして左のとおり定められている。

会社又は他の従業員に対し暴行、脅迫を加え、又は不法にその業務を妨害したとき。

二  本件解雇の効力について

1  被申請人は、申請人らは、被申請人に配置転換等の人事異動に基づく就労を命じられたにもかかわらず、これを拒んで就労せず、被申請人の経営政策上の考慮に基づく従業員の合理的配置による業務の効率的運営を一方的に阻害したものであるところ、申請人らの右行為は、懲戒解雇事由を定める就業規則五九条二号の「不法にその業務を妨害したとき」に該当するから本件解雇は有効である旨主張する。以下右主張を検討する。

2  疎明資料によれば、被申請人と組合は、昭和五一年一二月一〇日「機構改革、別会社化、人事問題などについては本人および組合に対し事前通告及び協議を行ない会社は一方的に実施しない」との有効期間の定めのない労働協約を締結したことが一応認められる。被申請人は、組合と被申請人との間で昭和五八年八月二〇日、「過去の労使協定は、新社長就任を機に新たに見直す」との記載のある「差し入れ書」と題する書面を交したことによって右労働協約は失効したと主張するが、疎明資料によれば、組合と被申請人が右のような文書を交したことは一応認められるが、右文言によれば、組合に協定を見直す、つまり再検討する義務は存するもののそれ以上のものではあり得ず、まして過去のすべての協定を破棄する趣旨とはとうてい解することはできない。

そうすると被申請人は、右労働協約に従い、機構改革や人事異動につき本人及び組合と事前に誠実な協議を行なう義務を負うというべきである。

3  本件解雇に至る経過の概要について

当事者間に争いのない事実及び疎明資料によって一応認められる事実は次のとおりである。

(一) 被申請人の取締役営業局長の川崎順一郎は、昭和五八年一〇月三日組合との団体交渉の際、同年八月二八日に行なった人材能力判定テストの結果等に基づいて人事異動を行なう旨通告した。これに対し、組合は、その具体的な規模、内容を明らかにするよう主張したが、右川崎が「たいした異動ではない多少の昇格がある程度だ。」と答え、明言を避けたため、事前協議を十分尽すよう要望した。

(二) ところが、被申請人は、同年一〇月四日、六八名中二八名にのぼる従業員に対して配置転換、昇格・降格の大規模な人事異動(以下「本件人事異動」という。)を内示した。しかも、その説明は、長い者で一〇分くらい、ほとんどの者は一分程度の極めて短い時間に行われた。右のうち、申請人らの異動状況は別表(略)前職、新職の各欄記載のとおりである。

(三) 申請人らを含む被申請人の従業員有志四七名は、一〇月七日夜、社外で集会し、本件人事異動について話し合い、翌八日被申請人に本件人事異動の再考を求める「社員会アピール」を発表した。

(四) 組合は、本件人事異動が大規模なものであり、組合にも重大な影響があるので、同月八日被申請人に対して本件人事異動についての協議を求めて団体交渉を申入れたが、被申請人は応じなかった。

(五) これに対し、被申請人は、同月一一日全従業員を招集して社員大会を開き、その席上、被申請人の代表取締役北村守は、異動のない従業員を含めて全員に対して辞令と社員章の受取りを求め、これを受取らない者は解雇する旨述べた。これに対して申請人常光ら三五名を含む従業員らは、事前協議がなされていないことなどを理由に右受取りを拒んで退場したので、右北村は、残った従業員を社長室に呼び入れて辞令と社員章を交付した。申請人らは、いずれも辞令と社員章を受取っておらず、申請人田川は同日休暇を取っており、右社員大会に出席していなかった。

(六) 組合は、同月一二日、あらためて被申請人に対し、再度本件人事異動について協議を求めて団体交渉を申入れるとともに、申請人常光ら三五名は同月一二日以降も従前の職場で就労した。申請人田川、同大倉は、いずれも同月一二日に出社した際、被申請人から同日以降自宅待機を命じられた。

(七) 被申請人の営業局長川崎は、同月一四日組合の執行委員長外二名の役員と折衝し、組合に本件人事異動に応じるよう求めるとともに、右異動について今後組合と話合いを続けることを確認した。しかし、被申請人は、その後の組合の団体交渉の申入れを拒んで、本件解雇を行なった。

4  一方、被申請人は、組合との関係については同月三日の団体交渉において、あるいは同月一一日、一四日、一七日に行なわれた団体交渉において事前協議をつくしたこと、異動対象者に対しても同月四日の内示の際、その後においても職場ごとに本件人事異動について十分説明した旨主張し、それに沿う疎明資料として(証拠略)の川崎順一郎の報告書を提出している。同月三日の組合との交渉について(証拠略)には、「組合三役である委員長、副委員長、書記長と団体交渉をし、過去の手順通り本件人事異動について詳細に説明し、本件人事異動が同局内において、一部人員について昇格降格が生じるが、抜本的に大きな業務変更はない旨を説明した」と記載されているが、本件人事異動について詳細に説明したものであればどうして抜本的に大きな業務変更はない旨の説明になるのか理解できず、右記載によれば、かえって、同月三日の交渉においては人事異動の内容について説明しなかったことがうかがわれ、前記報告書の同月三日に関する記載は信用することができない。また、(証拠略)によっても同月三日に本件人事異動につき十分な説明がなされたとの事実を認めることができない。

又、被申請人の主張によれば、同年九月三〇日に開催された取締役会で本件人事異動を行うことを決定し、この異動に基づく就労を何らの正当な理由なく拒否する者に対しては懲戒解雇でのぞむことも併せて決定したこと、被申請人は同年一〇月一一日に社員大会を開催し、その席上被申請人の代表取締役北村は本件人事異動に基づく就労を不当に拒否すれば懲戒解雇する旨説明し、一部の社員に対して辞令及び社員章の交付を行ない、さらに同日申請人らを含む三九名の懲戒解雇を議題とする賞罰委員会が開かれたというのである。右の事実によれば、被申請人は同月一一日には懲戒解雇をもってしても本件人事異動を行なうことを表明し、一部につき人事異動を強行したのであるから、被申請人も主張するように、同日以降は本来「配置転換についての事前の協議」はあり得ないものであり、同月一四日及び同月一七日の団体交渉は「解雇のみの協議」としか評価し得ないものである(団体交渉の実状が被申請人の主張どおりであるか否かは別の問題である)。以上の事情を考慮すると、同月一一日の社員大会以後についてはもはや本件人事異動について誠実な事前協議が行なわれる基盤は失われているというべきであり、これらの経過から照らしても、被申請人の提出した疎明資料のうち同月三日以外の事前協議に関する記載は措信することができないものである。

5  以上の事実に照らせば、被申請人が協議を行なったと主張する一〇月三日の団体交渉は事前協議とはいえず、一〇月四日の内示、一〇月一一日の社員大会での説明はいずれも本件人事異動の規模に比して、内容、時間ともにあまりに乏しく、とうてい本人や組合の納得や了解を得られるような誠実な協議とはいえない。

したがって、申請人常光ら三五名に対する本件人事異動は、労働協約上の協議義務を履行しないでなされたもので無効であるから、これに基づく就労命令及び辞令の受領命令は効力がないというべきであり、右申請人らが無効な右就労命令及びそれに基づく、社員章の受領を拒んだとしても、「不法に業務を妨害した」とはいえない。

なお、申請人らのうち異動がないに(ママ)ついては従来どおりその業務に就労していたものであり、本件人事異動が前記のとおり無効である以上、他の申請人らと共に辞令及び社員章の交付を拒否したことが前記解雇事由にあたらないことも明らかである。

6  申請人田川及び同大倉が辞令及び社員章を受取らなかったことがその意思に基づいていたか否かについては争いがある。しかし、たとえ、右申請人らが被申請人の主張どおりその意思に基づいて辞令及び社員章を受取らなかったとしても、疎明資料によれば、右申請人らが従前の業務について就労を拒否したことはなく、また、本件人事異動は同年一一月一日付で実施されることとなっており、右申請人らの行為により本件人事異動に基づく業務に具体的に支障をきたしたこともないこと、右申請人らは本件人事異動に応じて就労する意思があったことが一応認められる。それにもかかわらず、被申請人は、同月一二日に出社した両名に自宅待機を命じ、本件解雇に至っていることは前記のとおりであり、被申請人は右申請人らの辞令及び社員章の受領拒否につき再考の余地がないものとして直ちに懲戒解雇するのは、当時組合などが本件人事異動に反対している状況にあったことを考慮すると、極めて厳し過ぎるものというべきである。

右の諸事情を総合すると、右申請人らの前記受領拒否行為が不法な業務妨害に該当するということはできず、さらに自己の人事異動を承諾していた右申請人らが一〇月七日開かれた社員集会、あるいはその後の社員集会において本件人事異動に反対する意思を表明したことについても、あるいは管理職としての適格性に問題が生ずることがあるとしても、前記の懲戒解雇事由に該当するとはいえないというべきである。

7  以上述べたとおり、本件解雇は懲戒解雇事由を欠く無効なものであるから、被申請人の前記主張は理由がない。

三  疎明資料によれば、申請人らはいずれも被申請人から支給される賃金のみで生活する労働者であることが一応認められるから、申請人らが本件解雇により被申請人の従業員として取扱われないことになれば回復し難い損害を被るであろうことは容易に推認しうる。したがって、申請人ら主張の前記金員仮払を求める部分は、その必要性があるものというべきである。しかし、申請人らは、本案判決言渡以降の金員仮払を求めるが、同判決において申請人らが勝訴すれば、その後は右判決に仮執行宣言を得ることにより本件仮処分と同様の目的を達することができるのであるから、その部分については保全の必要性を欠くものである。

四  よって、申請人らの本件仮処分申請は、いずれも主文第一及び第二項の限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余の部分は理由がなく、かつ、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安齋隆 裁判官 中谷和弘 裁判官 佐々木洋一)

当事者目録

申請人 常光計栄

(ほか三六名)

右三七名訴訟代理人弁護士 鈴木康隆

同 坂田宗彦

同 三上孝孜

同 梅田章二

同 橋本二三夫

同 村松昭夫

同 斉藤真行

被申請人 株式会社大阪日日新聞社

右代表者代表取締役 北村守

右訴訟代理人弁護士 中村茂

同 山崎容敬

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